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賛燦山83  学校給食

 春分の日、いかがお過ごしですか?

 1882年(明治15年)日本初の近代動物園となる上野動物園が開園しました。

 1995年(平成7年)午前8時ごろ、地下鉄サリン事件が起きました。今でもはっきり覚えています。

 先週3月14日(木)の読売新聞「ニュースの門」は「学校給食」でした。3月2日(土)の朝日新聞「はじまりを歩く」でも取り上げていたので、今日はこれに注目してみたいと思います。

 

★学校給食の歴史

・1899年(明治22年)10月、山形県鶴岡の私立忠愛小学校で、貧困家庭の子どもたちに無料で提供された昼食が、学校給食の始まり。

・住職たちが托鉢(たくはつ)をして寄付を集め、給食は週6日。

・時々は全員に提供し、心を傷つけないようにした。

・初期の献立(おにぎり2個、焼いた塩ザケ、「菜」の漬物)

・山形を先駆けとして、各地で篤志家たちが子どものために「給食」を提供し、広がる。

 

・1923年(大正12年) 関東大震災で国が被災地に給食提供を奨励。献立(五色ご飯、栄養みそ汁)

・1927年(昭和2年) 献立(ごはん、ホウレンソウのホワイトに、さわらのつけ焼き)

・1932年 不況を背景に小学校給食に初めて国庫から支出。

・戦時中 献立(すいとんのみそ汁1品)

・戦争末期 給食中断。

 

・戦後 米国やユニセフからの援助でのパンと脱脂粉乳の登場。

・1946年11月、クリスマスに間に合うよう、米国のアジア救済公認団体(LARA)が送った脱脂粉乳と穀物(ララ物資)の第一便が横浜港に到着。

 12月24日、東京、神奈川、千葉の児童に給食を試行。戦後の学校給食再開。

・1952年(昭和27年)「完全給食」始まる。献立(コッペパン、脱脂粉乳、鯨肉の竜田揚げ) 贈られた食料や医薬品計約1万6000トン。そのうち約2割は日系人によるもの。

・商業捕鯨の停止で鯨肉はほぼなくなっていく。

・時代を超えた人気者が「揚げパン」。大田区の小学校の調理師の故・篠原常吉さんが発案。

 欠席した児童に同級生が給食のパンを届ける習慣があった。パンが硬くならずに美味しく食べられるように編み出した。

 

・1960年代 脱脂粉乳から牛乳に移行。ソフト麺の登場。

・1976年 「米飯」正式に導入。主食はパンからご飯に移行。コメ余りが背景。2009年から週3回以上が米飯の目標。

 

・1980年代 地元ゆかりの料理の登場。

・2008年学校給食法に「食育の推進」を明記。給食は教材の役割が増す。「地産地消」が定着。

 

◎給食提供率(2021年) 小学校(99.0%)、中学校(91.5%)。

・佐賀、京都、神奈川は8割前後。

◎給食費 小学校3952円(高学年・2005年度)→4477円(2021年度)+525円

中学校4501円(2005年度)→5121円(2021年度)+620円

2017年度、全国の76自治体が小中ともに給食費無償化。

◎最近の給食事情

・都内のある小学校では、児童約800人のうち約45人にアレルギーや宗教上の理由で食べられないものがある。普段は給食から除去するなどし、お盆の色で区別する。

・白飯や野菜は残りがち。

・嗜好が多様化し、人気メニューのカレーやショートケーキでも残す子はいる。

・貧困や虐待、保護者の栄養への無知・無関心で満足に食事がとれていない子もいる。

 

 給食の役割は大きいと思います。早く無償化になるといいですね。「揚げパン」大好きでした。