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賛燦山18 しこ名&男女の川

 昨日の問題はできましたか?小学生でもトライできそうな問題はありましたね。算数が好きになるきっかけになるかもしれませんよ。

 昨日から大相撲初場所が始まりました。夕方が楽しみになりました。1月30日(土)の朝日新聞に「継ぐ 育てる しこ名の歴史」が面白かったので、今日は注目してみましょう。  

★しこ名の定番

・しこ名に入る漢字の定番5文字 「海」「山」「川」「錦」「花」

・今場所の幕内力士42人の中で一番多いのは「海」(7人)。

・「山」(6人)、「富士」(5人)伊勢ケ浜部屋。「錦」(1人)錦木。

・「花」と「川」は、幕内には1人もいない。

・599人いる番付上の全力士(本名を除く)中、「花」(4人)、「川」(1人)都川(伊勢ノ海部屋)のみ。

 

★「川」のしこ名の歴史

・綾川、小野川、境川、男女の川、江戸時代から昭和の横綱に多い「川」は崩れてきた。

理由①「川」は流れ、落ちるとイメージ?

理由②「男女の川」の最期のイメージ?

・平安時代の陽成院が退位後に詠んだ和歌「筑波嶺(つくばね)の 峰より落つる 男女川(みなのがは) 恋(こひ)ぞつもりて 淵(ふち)となりぬる」から付いた。

・1942年に引退。角界を離れた後は職が安定せず、家族とも縁が途絶えた。

・1971年、料亭の下足番。自宅で倒れ、亡くなる。

 

・伊勢ノ海部屋では「川」はタブーではなく、出世名。

藤の川、白川、緑川、玉川、道の川、生田川など何人もいる。

・「柏戸」初代の出身地が由来となったが、過去11人。1横綱、2大関が名乗る。

・「錦木」江戸時代から受け継がれ、岩手出身の力士が主に名乗る。

 

 

 しこ名と言えば「No893相撲雑学6」(2020年12月5日)で、こんなしこ名を紹介しました。

★変わったしこ名

・「若戸大橋」(小学校の時に書いた若戸大橋の絵手紙が入選)

・「宇瑠寅」(3分間全力で土俵上で動き回ってほしいという願いを込めて)

・「月の輪」(熊のように荒々しくなってほしいという願いから)

・「光源治」、「冨蘭志壽(ふらんしす)」、「大当利」、「育盛(そだちざかり)」、「右肩上り」、「大越前王」、「大魔王」、「青鬼」、「赤鬼」、「鬼ノ臍(へそ)」、「猫又」、「三毛猫」、「膃肭臍(おっとせい)」、「野狐」、「百足(むかで)山」、「馬鹿の」、「〆切り」、「凸凹」、「相引」、「釘貫」、「おだやか」

 

 男女の川のことが気になって調べてみました。

★男女の川(Wikipedia)

・男女ノ川 登三(みなのがわ とうぞう)、(1903年~1971年)

・茨城県筑波郡菅間村出身。屋根の修理屋で働いていたが、修理中の屋根を踏み抜き、力の強さに驚いた周囲の勧めで地元の相撲大会で優勝。

・その後、筑波郡大会・茨城県大会でも優勝し、力士を志す。

・1923年高砂部屋に入門。1924年1月場所初土俵。1927年1月場所新十両昇進、1928年1月場所新入幕。

・1929年5月場所には「朝潮 供次郎」に改名。

・1932年1月の春秋園事件で日本相撲協会を一時脱退したため、しこ名は男女ノ川に戻され、佐渡ヶ嶽部屋へ転属。

・1936年5月場所で第34代横綱に昇進。横綱時代は双葉山には全く歯が立たなかった。

・1942年1月場所を最後に引退。優勝2回。

 

・引退後は年寄・男女ノ川を襲名し、相撲協会理事に就任するが、1945年6月場所を最後に廃業。

・2度の衆院選落選で農園と貯金の大半を失い、サラリーマンから保険外交員・土建業・金融業・私立探偵も務めるが、身長193cmの巨体ゆえに尾行もままならず、即座に廃業。

・1953年、西村金融に勤務するが倒産。間もなく妻子に捨てられ、一人暮らし。

・母親の死後は風来坊のような生活。一時期、悪漢面を買われてアクション映画に出演。

・千代田生命支社社長補となった矢先に脳卒中で倒れる。保谷の養老院に入所。

・1965年、相撲協会の募金による援助も、選挙に立候補する資金を作ろうとして競艇で負け、手元には1円も残らなかった。

・1968年、時津風(双葉山)の相撲協会葬に杖をついてフラフラに歩き、色褪せたつぎはぎだらけの喪服で参列。

・最晩年は、相撲ファンの一人が経営する武蔵村山市の料亭「村山砦」に引き取られ、下足番をしていた。

・1971年1月20日、自宅の部屋で倒れ、脳出血のため都内の病院で死去(67歳没)。

 こんな力士がいたんですね。映画にしたらおもしろそうですね。