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No弐-613 市川團十郎2

 博多から少し離れたアイランドにいます。今日は別府地獄めぐり、杉乃井ホテルの風呂、九重夢大吊橋に寄ってきました。

 地獄めぐりでは、東南アジアの人が多くて、外国に行ってるような気分でした。

 吊橋では、温度0度でした。寒かった!

 あっという間の九州4日間。いろんな発見がありました。明日帰ります。

 

 さて、今日も「市川團十郎」についてです。早く亡くなったのは三代目と六代目でどちらも22歳でしたよね。失礼しました。相変わらずボケボケです。

 今日は後半の8代目からに注目してみましょう。

 

⑧八代目 市川團十郎(1823~1854)七代目の長男(10歳で襲名)

・美貌によって広い人気を集めたが、公演先の大坂の旅館の一室で突如喉を突いて謎の自殺(32歳)。

 

⑨九代目 市川團十郎(1838~1903)七代目の五男(37歳で襲名)

・「劇聖」と仰がれ、幕末・明治を代表する名優。

・歌舞伎の世界で単に「九代目(くだいめ)」というと、通常はこの九代目の市川團十郎のことをさす。

・時代設定の混交や誇張した様式を除き、忠実に即した内容をふさわしい衣装で演じる「活歴」を推し進めた。

・写実的表現は、江戸時代以来の演目にも影響。今日の演出や演技の規範を形作った。

・伝統的な江戸歌舞伎の荒事を整理して今日にまで伝わる多くの形を決定した。

・歌舞伎を日本文化を代表する高尚な芸術の域にまで高めることに尽力した。

・九代目没後、59年間の空白。(九代目の存在が偉大すぎた)

 

⑩贈十代目 市川團十郎(1880~1956)九代目の婿養子、告別式で追贈

・堅気の銀行員から恋愛結婚で市川宗家に婿養子に入り、2年後に九代目が死去。

・29歳で役者を志し、上方や旅芝居で修行。その後、五代目市川三升を襲名。

・75歳で死後、告別式の場で養子の九代目海老蔵が、三升の生前の功績を評価して「十代目市川團十郎」を追贈した。

 

⑪十一代目 市川團十郎(1909~1965)贈十代目の養子

・九代目の死から59年を経た1962年、七代目松本幸四郎の長男で市川宗家に養子に入っていた九代目市川海老蔵が十一代目市川團十郎を襲名

・海老蔵時代、「花の海老さま」として空前のブームを巻き起こした美貌で知られ、戦後の歌舞伎の人気停滞を救うきっかけとなる。

・品格ある風姿、華のある芸風、高低問わずよく響く美声などを売り物とした。

・助六、光源氏、信長などの役は晩年まで幾度もつとめる当たり役となる。

・團十郎襲名後わずか3年半で病死(56歳)。

・「九代目海老蔵」「海老さま」の名の下に語られることが多い。

 

⑫十二代目 市川團十郎(1946~2013)十一代目の長男

⑬十三代目 市川團十郎(1977~)十二代目の長男

 

  皆さんは、何代目が印象に残りますか? 「贈十代目」なんていうのがあったんですね。

 8代目は強烈ですし、偉大な九代目?それともやはり人気の十一代目かしら?

 こうやって全員調べてみると面白いでしょ!繋がるってすごいことですよね!