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No弐-430  利他を考える

 5月29日(日)読売新聞「あすへの考」の「温かい言葉かけてみませんか」の見出しが目に留まりました。若松英輔さん(批評家、随筆家、53)の「考」を読み、私も大いに刺激をいただきました。

 「新型コロナウイルスの感染拡大以降、『利他』という考え方が国内外で注目されている」そうです。ぜひ子どもたちにも考える機会をもたせてみてはいかがでしょう。

 

★利他

・利他は、他者のために行動するというだけでなく、自分も他の人がいなければ存在し得ないという現実を、深く自覚するところに原点があると思います。

 

★「つながり」と「弱さ」

・利他とは何かを考えるとき、鍵になるのは「つながり」と「弱さ」ではないかと思います。

・利他への目覚めには、様々なところに契機があります。

 コロナ禍だけでなく、大災害やロシアのウクライナ侵攻のような事態が起こると胸が痛む。それは、遠く離れた場所であっても見えない「つながり」を感じているからです。

・「自分は自力で存在しているのではなく、人とのつながりのなかに生きているんだ」

・「君自身は心身ともに強くても大事な人が弱い立場になれば、君も弱くなるかもしれない」

 

★最澄と空海

・利他という言葉が、日本で用いられたのは9世紀初頭で、真言宗の開祖空海と天台宗を広めた最澄によってでした。

・最澄が唱えた「忘己(もうこ)利他」は、自らの立場を忘れて困難や苦しみを引き受け、よきことを他者に手渡していきたい、という悲願です。

・「自利利他」を説く空海は、自分と他人のつながりを軸にすえ、「修行で自己を深めることと他者の救済は一つである」といいました。

・両者は起点が異なるだけで、他者を救いたいという終着点は同じです。

・最澄は、人には本来、全ての命を救いたいとういう「菩薩心」が備わっていると考えていました。

・空海も同じで、自分を深めることでこそ、菩薩心に目覚めると考えたのです。

 

★大学の講義で気づかれたこと

・大学で「人間文化論」の講義を担当し、若者と接して気づいたのは、さまざまな「弱い」立場の人のことを考えるのが難しくなっている傾向です。

・常に人より秀で出るように促され、受験を勝ち上がっていくなかで、弱さや苦しみをどう分かち合うか、能力を自分以外の人のために用いるのかという問題を、真剣に考える機会が少なかったのかもしれません。

 

★利他の実践

・利他の実践には様々な方法があります。

・寄付をすることなども一つの側面ですが、それにとどまりません。

・誰かに温かい言葉をかけたり話を聞いたりする、そんな素朴で日常的な実践から始まるように思われます。

 ふと誰かにかけた言葉が巡り巡りって、自分と他者を巻き込む大きな救いにつながることもあるのです。

 

★利他的な瞬間を生きる

・私たちは日頃意識していなかった他者とのつながりのなかに自己を見つめ直しつつ、一日のある瞬間など、どんなに短い間でも利他的になればよいのではないでしょうか。

 利他的な人生ではなく、利他的な瞬間を生きるのです。

 

 「温かい言葉かけ」、「弱い立場を考える」、「利他的な瞬間を生きる」・・・

 今日教えていただいたヒントを生かし、一歩前進してみます!