昨日プロ野球セリーグはヤクルトが6年ぶりに優勝を決めました。球団の投手出身監督の優勝は初めてで、メジャー経験のある日本人監督、抑えで通算50セーブを挙げた監督の優勝はプロ野球史上初だそうです。
・「やってみないと何が正解かわからない。いろんな人の意見を聞きたい」と周囲の意見を積極的に採用。
・投手陣にはシーズンを見越した起用を徹底した。救援陣は9月まで3日間の連投はさせず。シーズン終盤まで力を蓄える「働き方改革」を導入。
・9月に入ると先発投手の中5日と入や、中継ぎ陣の連投の制限解除へかじを切った。
オリンピックもそうでしたが、優勝には必ず良い指導者・名監督がいるものだと高津監督の手記を見て思いました。
★高津監督の独占手記から
・今年は何でも自分でやるのをやめた。コーチにも任せるところは任せたし、選手に対しても、何とかしようとした結果なら仕方がないと思うようになった。
・気の利く一言や時には笑わせる一言が飛び交っている。みんなで一生懸命闘う空気が充満している。
・9月7日、阪神戦前にミーティングで「絶対、大丈夫。何かあったら僕が出ていく」と伝えた。
・9月13日の中日戦で判定に抗議した。どうやっても覆らないけど、抗議できるのは監督だけ。引き下がれなかった。僕が言わないと、選手も〝明日頑張ろう〞と終われないと思った。
・あのタイミングのミーティング。内容は別として、選手を前向きな気持ちで戦わせてあげたい、とずっと思っていた。スワローズらしく、のびのびとプレーしてほしいと。先輩から受け継いだ伝統。その気持ちがあのミーティングになった。
・監督の仕事が〝勝ちに導く〞こと。そのためには、選手にやる気になってもらうことが絶対に必要。次に向かう気持ちにさせることが凄く大事だった。
・野村監督がいたから、僕はここまで成長できた。
・野村監督の野球は凄く難しくて奥が深い。
・でもいざグランドでは、のびのびやらせてくれた。僕に対しては全くしばりがなかった。
・発想も豊かで、広くてやわらかい。〝常識を疑え〞という部分を受け継いでいるつもり。
・ホワイトソックスのオジ―・ギーエン監督もそう。僕が大切な試合で打たれて負けたときに「何を落ち込んでいるんだ、まあ飲め」とビールを差し出してくれた。
びっくりした。こんな選手と監督の関係性があるんだと初めて知った。
・ケニー・ウィリアムズGMの言葉の力も凄かった。
キャンプで50~60人の選手、スタッフの前で「何かあったら、いつでもこの電話番号に電話してきてほしい。24時間、オープンにしておく」と。
実際電話する人はいないけど〝君たちが勝つため、君たちの野球のために、こちらも最善の努力をするよ〞という意味だったと思う。
・「ギーエン監督からは野球のすばらしさや楽しさを学んだ。選手がプレーに集中できる環境を整える監督になりたい」
・「たくさん苦労したけれど、それを伝えるつもりはあまりない。自分の心の中に持ちながら指導する」
監督を先生、選手を児童に置き換えれば、参考になることばかりではありませんか?
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