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No弐-132  メダリストから学ぶ10

 オリンピックの空手と言う競技を初めて見ました。若い頃よく見た極真空手と違い、手足の防具をつけ、ピョンピョン跳ねて構える姿が少しなじめませんでした。

 空手は、24年パリ五輪では実施が見送られるので、最初で最後のチャンスだったんですね。それならば「形」の清水選手の銀メダルの涙も分かるような気がします。

 空手の型は、技術点(70%)競技点(30%)30点満点の得点で競うそうですが、昨日の決勝のスペインのサンチェス選手は28.06点、清水選手は27.88点でしたが、この差が分かりましたか?

 技術点は19.60点で同点に対し、力強さ、スピードを見る競技点で0.18点の差がついたんだそうですが、私には後半の呼吸の微妙な粗さの違いしか分かりませんでした。

 サンチェス選手の演武からは、年齢を感じさせない玄人受けするような力強さを、清水選手からは表情豊かで華を感じました。好みで勝負が付けられないのが残念です。

 「形」は、今後、新しいダンス・表現として発展する予感がしました。

 

★清水希容選手のエピソード

・1学年上の兄の影響で、小3で空手を始めた。

・高2まで全国タイトルなし。最後のインターハイを制し、才能が開花。

・13年から全日本選手権7連覇。20年は2位。

・世界選手権14、16年2連覇(18年はサンチェス選手)

・貪欲に空手以外からの学びを得た。よく目にするのはフィギュアスケートや体操。

「動きや流れ。表現なので、見ている人にどう伝えるかを勉強できる」と羽生選手、内村選手の演技に学んだ。アスリートの著書や自己啓発の本も読みあさる。

・当日の演武は「入りは落ち着いていたが、苦手な部分で呼吸が合わず焦ってしまった」

 どこだったんでしょうね?

 

★サンドラ・サンチェス選手(スペイン)のエピソード

・4歳の時、漫画「ドラゴンボール」の孫悟空に憧れ、空手を始めた。

 

★川井梨紗子選手のエピソード

・母親がコーチを務めていた金沢ジュニアで小学2年から始める。

・リオ5輪では63キロ級で金メダル後、57キロ級で東京を目指すと決めてから一度は心が折れた。18年12月の全日本選手権でパワハラ騒動から復帰した伊調馨選手に敗れた。

 試合後母親に初めて「やめたい」とこぼした。世間は五輪5連覇を目指す伊調選手を応援していると感じた。「周り全部が敵に見えた」

・そんな川井選手に周囲は練習を強要しなかった。年が明けて、道場に足を運んでも練習を見るだけ。2週間ほど続いたある日「明日から練習する」の連絡が母のもとに入った。

・突然の心境の変化は、「おばちゃん」と慕われる吉田沙保里さんの母親が、道場の隅で座って練習を眺める川井の肩を叩き、あっけらかんと言い放った。

「梨紗子、何してるの。こうしている間にも、時間は過ぎていくんだよ。あんたならできるから」心配する様子も気遣いのもない率直な笑顔が川井を吹っ切れさせた。

・コロナ禍以前は積極的に出稽古で男子選手とスパーリングを重ね、自身を上回るパワーとスピードを持つ相手を体感。

・五輪前の練習でも必ず1日1回は上の階級、時には女子最重量76キロ級の相手とも組み合って、手足の長い選手との戦い方を考えてきた。

・活力の源は「姉妹で金メダル」の夢の思いと「あれを乗り越えたから絶対に大丈夫」

 あれとは、国内選考で伊調さんとの激しい争いを制し、東京大会の切符を手に入れたこと。

 リオの時よりさらに強くなったと思いませんか。

 

 阿部きょうだい、川井姉妹以外にもきょうだいメダリストがいました。

・三宅兄弟(重量挙げ)兄金・弟銅(68年メキシコ)

・中村兄弟(柔道)兄銀・弟金(96年アトランタ)

・米田姉妹(シンクロ)団体銀(00年シドニー)

・伊調姉妹(レスリング)姉銀・妹金(04年アテネ、08年北京)

・田中兄弟(体操)団体銀(12年ロンドン)

・高木姉妹(スピードスケート)団体追い抜き金(18年平昌) 

 8組しかなく、阿部家も川井家も別の種目で金だからすごいことなんですね。

・遅咲きの39歳。飛躍の立役者はコーチの夫のヘススさん。

・この日は5度目の結婚記念日だった。

・1日7時間の練習を積み、二人三脚で理想の「形」を追求してきた。

 さすが世界チャンピオン。印象に残る選手でした。