今日も朝日新聞朝刊の「耕論」のテーマ「学校と親の距離」からです。
今日は、鈴木大祐さん(教育研究者)の話に注目してみました。
鈴木さんは、公立中学校教諭を経て、渡米。ニューヨークで娘さんたちが通う小学校の保護者会長。現在は高知県土佐町議と書かれてあります。
・米国では教育予算の不足を保護者が埋めてきた背景があり、保護者の資金力が教育環境を左右する。
・保護者会費を年70万円も集めて私立顔負けの贅沢な教育を提供する公立学校がある。
・保護者の資金力がない学校は選択制で選ばれなくなり、児童数も減っていく。
・校長の求めに応じて保護者が立ち上がると、みるみる学校が変わっていった。
・保護者と学校が同じ方向を向いた時、大きな力が生まれることを実感した。
・教育環境が充実してくると「人気校」になり、地元の子でも入りにくくなる皮肉な現象も起きた。
・国や地方公共団体が賄うべき「公助」の不足を保護者や地域の「自助」で補い続けることが、学校教育の格差につながる。
・問題の根底にあるのは、保護者や学校教育を「サービス」だと考えていることにあることを学んだ。
・日本でも教育を「サービス」ととらえる意識は強くなっている。
・教育がサービスのよしあしで評価されるようになれば、格差が生まれるのは必然。
・保護者と学校の関係がぎくしゃくしがちなのも、根底にサービスという意識があるからではないか?
・保護者は「サービス提供者」である学校に対して「どんなことをしてくれるの?」と待つようになるし、不十分なサービスはクレームもつける。
・学校はクレームをおそれて事なかれ主義に徹し、教員は賃金に見合う範囲で決められた業務だけをするようになる。
・そのしわよせを被るのは子どもたち。
・学校は子どもたちが学び、様々な出会いの中で唯一無二の「私」を見つけ、人として成長する場。
・うれしいことばかりでなく、保護者が不安を抱くような経験でも、一つひとつがかけがえのない学び。
・「学校だけ」でも「家庭だけ」でもない。「私たちの子どもたち」という思いで関わるたくさんの人たちが学校教育には必要。
・大事なのは、保護者と学校がすべての子どもたちの「人としての成長」を一緒に追い求めること。
・「サービスの受益者と提供者」ではなく、子どもの教育における「共同責任者」という保護者と学校の本来の姿が見えてくるのではないか?
教育を「サービス」ととらえる風潮に疑問を感じていただけに、鈴木さんの話は共感できました。
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