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No869  負の個人主義から正の個人主義へ

 11月11日ですね。昨年もNo503で紹介しました。今日は10月10日に次いで2番目に記念日が多い日でした。(昨年は3番目)

 1918(大正7)年11月11日、ドイツとアメリカの間で停戦協定が結ばれ、約4年続いた第一次世界大戦が終結しました。主戦場となったヨーロッパの各国で祝日です。

 1983(昭和58)年11月11日、新宿にあったキャッツ・シアターにて、劇団四季によるミュージカル「キャッツ」が日本で初めて公演された日です。

 

 さて、昨日は、「感染者を責める私たち」を心理学の立場から三浦麻子教授(大阪大・社会心理学)の話でしたが、今日は隣にあった歴史学者の立場から輿那覇潤さんの話を紹介します。

 

・なぜ感染者を責めてしまうのか。現在の日本が世界でもまれな「個人主義の国」であることが一因。

 

・日本では、同調圧力を恐れず、自分の意見を堂々と唱えると言ったポジティブな意味での「正の個人主義」が弱い。

 

・「俺はお前とは別の存在だから、触るな、不快な思いはさせるな」という「負の個人主義」が猛烈に強い。自分を相手と包む「われわれ」の意識がない。

 

・「自己」が指す範囲を、個体ごとに分割し、「混じるな」と間に線を引く。

 日本人はコロナ以前から、自分と他人の心を懐疑的なアクリル板で区切ってきた。

「不快な気持ちにさせただけで、相手の領域への侵犯であり、アウト」

 

・江戸時代までの日本人の垣根は低かった。宿場や飯屋では初対面の人と一緒に飲食して楽しむ。幕末に外国人が来訪しても、恐れず近寄って日本語で話しかけた。

 

・ところが、近代化の過程で、日本人は「過学習」をしてしまい、心の垣根をゼロからマックスまで上げてしまった。

 

・直近の契機として重視すべきは、戦後の高度経済成長に伴い都市化と平成のIT化。農村社会では、「共助」が必要だが、疲れることだから「自助」で都市を目指す。

 平成の後半、誰もがSNSを使用し、さらに「自己」の範囲を狭くした。ITの力で広範な人々と交流できる分、前提を共有せず、無礼で攻撃的な人と出くわすリスクが高まるが、バーチャルな形で垣根を作って「不快な人」と出会わない環境に慣れていった。

 

・こうした社会では相互に「迷惑をかけないこと」だけが絶対の規範になる。コロナ感染者に罪はなくても「うつされたら迷惑だ」と排除される。個人主義の負の側面だけが残ってしまった。

 

・迷惑を減らすのではなく、「迷惑をかけあえる関係」を築くことの先に、初めて正の個人主義が見えてくる。

 マイナスも込みで他者を受け入れ、心の垣根を下げてゆくことが大事。