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No724 われは海の子

 昨日の「われは海の子」が気になって、私なりの宿題をしてみました。この歌は、もちろん知っていますが、何年生の時に教わったのでしょう?

 学習指導要領を調べてみました。6年生なんですね。

 

 小学校で習う文部省唱歌を調べてみました。

1年「うみ」「かたつむり」「日のまる」、2年「かくれんぼ」「春がきた」「虫のこえ」、3年「茶つみ」「春の小川」「ふじ山」、4年「まき場の朝」「もみじ」、5年「こいのぼり」「スキーの歌」「冬げしき」、6年「おぼろ月夜」「ふるさと」「われは海の子(歌詞は第3節まで)」

 

 Wikipediaで調べてみると、「作詞者・作曲者ともに不詳。ただし宮原晃一郎の娘と芳賀矢一の義理の娘は、それぞれ自分の父あるいは義父が作詞者だと信ずると述べた。最近では宮原の原作を芳賀が改作したとする説が最も信頼されている」と書かれてありました。

 

 歌詞も私は1番しか知りませんでしたが、7番まであります。

一、我は海の子白浪の さわぐいそべの松原に 煙たなびくとまやこそ 我がなつかしき住家(すみか)なれ。 苫屋(とまや)とは、苫で屋根をふいた粗末な小屋のことです。今の子分かるかしら?

 

二、 生まれてしほ(しお)に浴(ゆあみ)して  浪を子守の歌と聞き 千里寄せくる海の氣を 吸ひてわらべとなりにけり。 浴はゆあみとも読み、この場合海水に入ることです。わらべは、成長して立派な男の子のことだそうです。

 

三、 高く鼻つくいその香に 不斷の花のかをりあり。 なぎさの松に吹く風を いみじき樂(がく)と我は聞く。  不断の花とは、一年中咲さ続ける花のこと、いみじき楽とは、すばらしい音楽のことだそうです。

 

四、 丈餘(じょうよ)のろかい操(あやつ)りて  行手(ゆくて)定めぬ浪まくら 百尋(ももひろ)千尋(ちひろ)海の底 遊びなれたる庭廣し。  丈餘とは、一丈(約3m)を超えているという意味だそうです。

 

五、幾年(いくとせ)こゝにきたへたる 鐵(てつ)より堅きかひなあり。 吹く鹽風(しおかぜ)に黑みたる  はだは赤銅(しゃくどう)さながらに。 腕はかいなとも読みます。

 

六、 浪にたゞよふ氷山(ひょうざん)も 來(きた)らば來(きた)れ恐れんや。 海まき上(あ)ぐるたつまきも 起らば起れ驚かじ。

 

七、 いで大船(おおぶね)を乘出して 我は拾はん海の富。 いで軍艦に乘組みて 我は護らん海の國。

 

 敗戦後7番の歌詞は国防思想や軍艦が登場するという理由でGHQの指示により教科書から削られ、1947年(昭和22年)以降、小学校では3番まで教えられていることが分かりました。

 

 初めて歌詞の意味を学びました。歌詞が分かって歌うと新鮮ですね。