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No629 謝恩会

 シジュウカラ面白かったですね。バードウッチングが楽しみになりました。

 さて、皆さんの学校には「謝恩会」はありますか?「感謝の集い」「卒業を祝う会」のような名前で実施している学校もあるのかしら?

 今年は、コロナの影響で中止になった学校が多いはずです。

 3月5日(木)の朝日新聞朝刊の「論の芽」は「卒業生の『謝恩会』いったい誰のため?」でした。幹事役を務めたことがあるライターの本多裕子さんの話をそのまま紹介します。

 

 長女が小学6年生だった2年前、保護者の卒業対策委員に選ばれ、謝恩会の準備を担いました。その時に感じたのは、「これは誰のため、何のためなのか」ということでした。

 

 会場となる体育館の席次や食事を手配するほか、出し物の合唱の曲を決め、夜に集まっては練習しました。200以上の名札やプログラムは、紙を切り張りして飾りつけをする手作り。記念品として、腕時計、水筒、写真立ても用意しました。

 

 他の保護者からも一任してもらったものの、「歌を歌いたくない」「もっと役に立つ記念品がいい」という声が聞こえてきて、その度に「だったらオマエがやれよ」と思いました。

 

 保護者だけでなく、児童は出し物の劇の練習、先生はスライドづくりという負担があります。先生には感謝されましたが、長女は「なんでこんなに大変なことをするの」という感想でした。

 

 今は新年度、6年生になる長男の学年の卒業対策委員を決める時期です。立候補しそうな人はおらず、過去にPTA役員などを経験していない人に押し付けようとする雰囲気も感じます。

 

 準備や出し物の練習で月数回は平日夜に拘束されます。仕事を休めば収入が減る家庭もあるので、そのような事態は避けたいものです。

 

「今までやってきたからやる」だけでは、目的が見えません。互いに負担が大きいのなら、やめてしまってもいいのではないでしょうか。続けるにしても、これまでの内容を踏襲し、準備の負担が大きい形式張ったものは改めてもいいと思います。今回の中止をきっかけに恩師への謝恩のあり方を考え直してみませんか。

 

 私も大賛成です。感謝は形式や強制ではなく、感謝できる人に巡りあえて卒業できたら、それは素晴らしい卒業と言えると思います。教育はそこが勝負です。