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No567  アゲイン4

 4回目は、1月8日(水)元裁判官(76)の方の話です。

・1969年裁判官に任官、すでに裁判所の体質に嫌気が差した。「司法の独立」などを巡り、上司と不和に。

 

・転機は4年目。名古屋家裁で少年事件を担当。審判で接する少年は、家庭環境に問題を抱えていた。「学校に行かなくてもいい、学校は君の義務ではなく、権利だから大丈夫だよ」と語りかけたころ、小学生だった長男がいじめで不登校に。

 

・我が子となる話は別で、反抗する長男を叱りつけ、自宅で授業の3割増しの勉強、雪が降る中、竹刀を500回素振り。

 

・44歳の時に全身にあざができる病気で入院。激しい痛みと発熱で死を覚悟。長男に手紙を書くが返信が来ない。「このまま長男を恨んで死にたくない」その時、赤ん坊の時、抱いた時の温もりを思い出し、夜の病室で一人、むせび泣く。

 

・翌朝、熱が下がり、体が楽になる。「子どもに寄り添う仕事がしたい」1988年退官

 

・不登校の子どもを持つ親の会に顔を出す。「学校にいたら、自分らしくいられない」と訴える子の言葉が胸に刺さり、長男に公衆電話から謝る。

 

・次男も中学校で不登校。1989年弁護士事務所開業。「不登校新聞」の創刊に携わる。

 

・46歳になった長男は、弁護士事務所、不登校新聞の活動を手伝う。

 今こうして自分らしい仕事ができるのは子どもたちのおかげ。