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No401 チェ・ゲバラ

  8月1日に401号のスタート。気分がいいです。

  今日は、日本青年館で宝塚「チェ・ゲバラ」を観てきました。

  みなさんご存知ですか?あのベレー帽、あのヒゲ、インパクトありますよね。名前と顔はよく知っていたのですが、どんな人かは詳しく知りませんでした。

 

   哲学者サルトルに「20世紀で最も完璧な人間」と言わしめ、ジョン・レノンが心酔した人で、本名エルネスト・ゲバラ。1928年アルゼンチン生まれの政治家、革命家です。

   中南米を旅して貧困などの問題を意識するようになり、メキシコでカストロと出会い、1959年のキューバ革命で中心的役割を担い、その後、キューバを離れ、1967年ボリビアでゲリラ活動中、同国軍に射殺されました。

 

   小さい頃は病弱で喘息で悩まされ、たびたび引っ越していたそうです。

学問にもスポーツにも意欲的に取り組み、ブエノスアイレス大学の医学部へ入学し、3年で卒業しました。

  大学時代の放浪の旅で、鉱山労働者やハンセン病患者などの弱者の現実を知ったことが、革命家として歩むきっかけになりました。

 

   医師免許は取ったものの、国内で医業に携わるることなく、ボリビアやグアテマラで社会主義や農地改革の問題点と直面します。

   27歳の時に、メキシコへ亡命していたカストロ兄弟と知り合い、キューバにおける独裁と戦うため、軍医として参加します。

   革命成功後、彼は国立銀行総裁などの要職に就任し、キューバの代表として各国との通商交渉を行っている最中に、ソ連を非難したため、引き下がらざるを得なくなりました。

 

   キューバの政治から離れた後、コンゴをはじめとしたアフリカ諸国を訪れ、コンゴ動乱にも一時参戦しましたが、兵の士気の低さに呆れ、喘息が再発し、コンゴを離れました。

    そしてチェコに潜伏し療養に入ったのですが、彼はここでも社会主義の問題に直面し、再び革命家として活動し始めます。

   その後、またしても南米のボリビアに向かいましたが、かつてのキューバと同じくアメリカの影響を強く受けていて、彼の思想はボリビアの人々にスムーズには受け入れられず、ボリビア政府軍に捕まって銃殺刑に処されてしまいました。

 

   遺体は無名のまま埋められ、1997年に発掘され、遺族のいるキューバに遺骨が届けられた後、霊廟に納められました。

 

チェ・ゲバラの名言

   私を導くものは、真実への情熱だけだ。あらゆる問題について、私はこの点から考える。

 

   人間はダイヤモンドだ。ダイヤモンドを磨くことができるのはダイヤモンドしかない。人間を磨くにも人間とコミュニケーションをとるしかないんだ。

 

   人は毎日髪を整えるが、どうして心は整えないのか。

 

   ただ一人の人間の命は、この地球上で一番豊かな人間の全財産よりも100万倍も価値がある。

 

   未来のために今を耐えるのではなく、未来のために今を楽しく生きるのだ。