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No355  傑作 羅蕎麦門  

久々に「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら」(神田桂一・菊地良,宝島社,2017)から選びました。

   芥川龍之介の「羅生門」からです。( )は羅生門の原文です。読み比べてみてください。

 

 申の刻下がりの出来事である。(ある日の暮方の事である。)

 

下人は六分の空腹と四分の好奇心とに動かさて、カップ焼きそばに手をかけた。

(下人は、六分の恐怖と四分の好奇心とに動かされて、暫時(ざんじ)は呼吸(いき)をするのさえ忘れていた。)

 

その蓋を少しずつ開けるのに従って、かやくとソースの袋が見えてくる。

(その髪の毛が、一本ずつ抜けるのに従って、下人の心からは、恐怖が少しずつ消えて行った。)

 

下人の食欲は勢いよく燃え上がり出した。

(それほど、この男の悪を憎む心は、老婆の床に挿した松の木片(きぎれ)のように、勢いよく燃え上り出していたのである。)

 

二つの袋を取り出し、右手で薬缶を手に取って、容器にお湯を注ぐ。

(そこで、下人は、両足に力を入れて、いきなり、梯子から上へ飛び上った。)

 

そうして、数分待つと、容器を掴んでお湯を捨てたのである。

(そうして聖柄(ひじりづか)の太刀に手をかけながら、大股に老婆の前へ歩みよった。)

 

「己がこれを食べようと恨むまいな。己はこうしなければ、飢死にする体なのだ」

(「では、己(おれ)が引剥(ひはぎ)をしようと恨むまいな。己もそうしなければ、饑死をする体なのだ。」)

 

下人はすばやく、ソースをかけて箸で混ぜた。それから、焼きそばを手荒く口に運び、またたく間に食べきった。

(下人は、すばやく、老婆の着物を剥ぎとった。それから、足にしがみつこうとする老婆を、手荒く死骸の上へ蹴倒した。)

 

後には、ただ、黒洞々たる容れ物があるばかりである。

(外には、ただ、黒洞々(こくとうとう)たる夜があるばかりである。)

 

空の容器の行方は、誰も知らない。

(下人の行方(ゆくえ)は、誰も知らない。)