記念すべき333号です。ゾロ目が大好きです。
「たとえる技術」(せきしろ、2016 文響社)という本があります。ご存知ですか?
表紙が変わっていて「る技術」が鏡文字になっていたので 半年前に購入しました。
昨日まで文豪道場の話を連載したので、今日はたとえる技術の一例を紹介します。
「感情を共有できる」ことは、コミュニケーションを豊かにします。しかし、自分たちの生活の中でどれだけ形容詞や修飾語が使われているでしょう?
昨日をふり返ってみてください。どのくらい使いましたか?私は、「おいしい」、「すごい」くらいでした。意外に少なくないですか?もちろん「話し言葉」と「書き言葉」では違います。
それでは、「うれしい」を文章で表現してみましょう。「うれしい」だけでは、どの程度うれしいのかが読み手に伝わりません。
①とてもうれしい。すごくうれしい。大変うれしい。
筆者は、「どこか子どもっぽさを感じさせる。」と言いますが、私なら、子どもの発達段階、個人差にもよりますが、とても、すごく、大変に波線を入れて、賞賛します。
②尋常ではないほどうれしい。夢かと思うほどうれしい。死ぬほどうれしい。
筆者は、「今度は、大げさになってしまい、信ぴょう性に欠ける。相手に気持ちが伝わることがない。」と言いますが、文豪道場では、こういう表現は、大いに賞賛します。
③「この犬、他の人に懐くこと滅多にないのよ」と言われた時のようにうれしい
最後の期末テストが終わった時のようにうれしい
思っていたより買い取り額が高かった時のようにうれしい
大浴場に自分ひとりだけのようにうれしい
二度寝してもオッケーな時間だったようにうれしい
筆者は、~のようにを使うと、「たとえが感情の輪郭を明確にし、うれしさを鮮明にしてくれる」を言っています。確かにイメージが膨らみます。
2文で挑戦してみます。
教え子が訪ねて来てくれた時のようにうれしかった。懐かしさがこみ上げてきた。
ブログに返信があった時のようにうれしかった。思わずその場で跳び跳ねた。
念願の仏像に初めて対面できた時のようにうれしかった。しばし、ぼうっとしていた。
病気が治ると医者から伝えられた時のようにうれしかった。涙が止まらなかった。
「のように作文」も文豪道場になるでしょ?テーマを決めて、みんなで短冊に書いて鑑賞しあってみたらいかがでしょう?
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