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No280 東洋の魔女1

 新元号が決まって、一日が経ちましたが、皆さんは馴染んできましたか?

 6つの原案に英弘、久化、広至、万和、万保の5案があったことが分かりましたが、私は、令和が一番いいと思いますが、いかがですか?

 

   さて、今日は、朝日新聞朝刊のスポーツの欄に3月12日から10回の連載で「東洋の魔女」という記事があり、興味を持ったので紹介します。

 東京オリンピックは私が小学校1年生の時でした。柔道のヘーシンク、マラソンのアベベと言った忘れられない名選手がいたのですが、日本も男子体操、女子バレーボールの活躍は、はっきりと覚えています。

 

 スポーツ中継の歴代世帯視聴率の第1位が、なんと東京五輪の女子バレーの日本対ソ連戦の66.8%(優勝の瞬間は85%)だったのをご存知でしたか?私も多分見たはずなのですが、柔道の神永、マラソンの円谷の負けの方が強烈に印象に残っています。

 

 東洋の魔女は、大松監督率いる日紡貝塚が欧州遠征で22連勝したことでつけられました。

 大松監督は、「鬼の大松」と言われ、翌日の談話に「日本が勝てたのは、力プラス根性があったから」と述べ、色紙にも「根性」を好んで書いたことから、たちまち流行語になり、スポ根漫画の人気につながっていったわけです。

 

 現在、日本のスポーツ界で指導者によるパワハラや体罰の問題が表面化し、その背景には大松の負の遺産があり、悪しき根性論を根付かせたという声があります。

 確かに最近「根性」という言葉も死語になりつつありますが、私は、寂しく感じている一人です。

 

 昭和は、根性練習が主でしたね。私の高校時代のテニス部では、土曜は雨が降ると1時から5時までトレーニングでした。コートが1面しかないので、女子と前半、後半で交代しなければならず、トレーニングのない日はありませんでした。

    練習が終わると今度は、学校の外周を10周(5キロ)走ることが日課でした。確かに体力はつきましたが、メンタルは、さほど強くなりませんでした。

 私の引退と同時にOBのコーチが変わると、積極的に外のテニスコートを借り、実戦練習が増えると、後輩たちは強くなりました。

 

 イチロー、サッカーのカズやジャンプの葛西選手など40歳を超えても活躍するレジェンドが増えたのは、平成の特徴と言われています。選手寿命が延びた背景には、医療とトレーニングの進歩が挙げられています。

 

 明日は、大松監督の指導や人柄を紹介します。