· 

No259  東日本大地震 2

 昨日、S先生に勧められたNHKの番組を観ました。私は、あの日の夜空は全く覚えていませんが、東北では、満天の星が広がっていたなんて初めて知りました。どんな思いで眺めていたのでしょう。いつか夜空をじっくり眺めてみようと思います。

 今日は各新聞、震災関連の記事がたくさん出ていました。朝日新聞の朝刊からです。

 

   岩手県陸前高田市の元大工の菅野さん(77)は、震災の2カ月後に、映画「幸せの黄色いハンカチ」をヒントに27枚の黄色いハンカチを掲げました。

今泉地区の600軒は津波で2軒しか残らなかったそうです。自宅とお姉さん(当時77歳)を失いました。

 

   それを知った山田洋次監督から手紙が届きました。

「映画監督として、こんなに嬉しい、有り難いことはありません。」

   その手紙が、うれしくてうれしくて、日記をつけてきた広告の裏紙に「まるで夢のようなはがきである。元気の元と成った」と書いたそうです。

 

   山田監督は「本当に涙が出てくるよ。申し訳ないような、ありがたいようなね・・・・。生きるか死ぬかというすさまじい目にあった人が、黄色いハンカチを何度も掲げてくれるなんて、映画監督冥利に尽きると言いたいな」と語っています。

 

    昨年12月にようやく、プレハブ仮設住宅から再建した自宅に引っ越し、奥さんと二人で暮らしているそうですが、新居の周りには、5軒ほどだそうです。

 

「みんなが戻ってきて、つながりがまたできたら、どんなにいいいだろうなあ。」

「幸せってちっちゃくていいんでないかな。人から見れば“なにそれ”って言われる、吹けば飛ぶようなものなんだけど。そういうものが俺にとっての幸せだなあ。」

 

   その下の宮城県気仙沼市の佐藤さん(68)の記事も胸がしめつけられるような思いで読みました。

   昨年12月に奥さんの遺骨が7年9か月ぶりに帰ってきたそうです。

   

   お母さんの遺体はほどなく見つかったそうですが、毎日海岸を歩き、奥さんを探し続けたそうです。昨年秋、高台から500m離れた消波ブロックの陰から工事業者の人が全身の骨を見つけたそうです。

 

「早く家族のもとに帰れるといい。まだ前に向けない人が大勢いるのも、震災から8年の事実だ」