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No250 徳川トリビア

 記念すべき250号になりました。雀々さんの地獄八景以来の日本青年館にいます。11時より宝塚宙組の「群盗」を観に来ています。幕間です。イマイチかな。眠い。

 

 先週の徳川クイズはいかがでしたか?なかなか全問正解は難しかったのではないでしょうか?

 今回もクイズにしようかと考えたのですが、普通は前回の5人くらいしか教科書で習わないと思うので、クイズは辞めておきます。

 

  さて、徳川将軍のうち、在位が一番長かったのは、誰だかご存知ですか?

 

 正解は、11代将軍の家斉さんです。15歳で将軍になり、なんと在位約50年。2位が吉宗さんの29年ですからダントツなわけです。

 

 そしてこの家斉さん、子宝もダントツなんです。55人の子どもをもうけ(1位)、側室も17人(2位)なんですが、どうやら40人前後いたそうです。(推定1位)

 子どもは半分以上が成年になるまでに亡くなり、成人した子どもは、大名の養子や嫁に送られました。21女の溶姫は、加賀の前田に嫁ぐのですが、輿入れの際に朱塗りの門が建てられました。それが、現在の東大の赤門だそうです。

 

 歴史で習った松平定信の寛政の改革、化政文化、天保の飢饉、大塩平八郎の乱、異国船打払令、蛮社の獄などは、この家斉の時に起きたことです。

 

 反対に一番短かったのは、最後の将軍の慶喜さんで1年でした。

 

 では次に、徳川将軍の中で一番若かった将軍をご存知ですか?

 

 正解は、7代将軍の家継さんです。なんと4歳で就任します。子どもの将軍がいたのです。4男なんですが、兄弟たちが亡くなってしまったわけです。

 彼を支えたのが新井白石、真鍋詮房でした。「正徳の治」懐かしいですね。

 

 7歳の時に婚約をします。相手は、上皇の皇女八十宮(やそのみや)なんと2歳。史上初の武家への降嫁が行われるはずでしたが、3カ月後に家継さんが肺炎で急死してしまいます。

 

 八十宮さんは江戸に来ることがなくなり、3歳で後家になり、45歳で亡くなるまで再婚が許されなかったそうです。

 

 大奥では、実母の「月光院」と義母の「天英院」の派閥争いが起き、映画や小説にもなった絵島生島事件が起きます。(これはまた別の機会に)

 

 反対に一番長生きしたのは、最後の将軍の慶喜さんで76歳で肺炎で亡くなりました。

   今日はなりさんとつぐさんでした。