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No203 市川團十郎  

昨日は、朝テレビを見ていると緊急会見が始まりました。

   市川海老蔵が十三代目市川團十郎白猿を襲名し、来年2020年に全国各地で襲名披露興行を行うというニュースでした。

 

 歌舞伎は、元禄期に上方で和事の名手として坂田藤十郎が登場し、近松門左衛門の脚本を得て活躍しました。

   一方江戸では、荒事の名手として初代市川團十郎が登場します。浄瑠璃の金平物からヒントを得て、荒事を大成させたと言われています。

   この大名跡を引き継ぐわけですから、緊急会見となったわけです。

 

   そこで市川團十郎について少し調べてみました。

   まず屋号です。歌舞伎には屋号があります。

   歌舞伎役者の看板名であり、100種類くらいあるそうです。

 「成田屋」と言う屋号は一番古く、屋号の始まりとも言われています。

子どもに恵まれなかった初代団十郎が成田山に子宝祈願すると、2代目を授かり、健やかに成長したことを感謝し、「成田不動明王」を上演するとこれが大当たりし、「成田屋っ」の掛け声とともに賽銭が投げこまれたのが始まりだそうです。

 

   團十郎の名跡は、代々のうち半数が何らかの形で非業の最期を遂げていることでも知られているそうです。ご存知でしたか?

   初代は、舞台上で共演の役者によって刺殺されました。(満44歳)

   三代目は、公演先の大坂で病になり、江戸に戻り2か月後に亡くなりました。(満21歳)

   六代目は、風邪をこじらせて急死しました。(満21歳)

   八代目は、公演先の大坂で謎の自殺を遂げました。(満31歳)

   十一代目は、團十郎襲名後わずか3年半で病死しました。(満56歳)

   十二代目は、白血病を患い、9年間におよぶ闘病の末亡くなりました。(満66歳)