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No97  小1プロブレム  

小1プロブレムとは、ご存知の通り、小学校1年生の児童が学校生活に適応できないために起こす問題行動を言います。小1プロブレムという名称は、新保真紀子さん(人権教育・学校臨床学、神戸親和女子大学教授)という方が1998年ごろに提起したそうです。当時その頃は、幼稚園教育の差が職員室で話題になりました。

    その後、問題が多くの教育現場で顕在化していきます。

    一般的には、児童にストレス耐性や基本的な生活習慣が身についていないことや家庭の教育力の低下、担任の指導が適切でなかったことなどが原因としてあげられていますが、発達障害の問題が抜け落ちてないでしょうか。

    授業中、勝手に立ち歩く。担任の指示通りに行動しない。他の児童と勝手な行動をする。私語がやまない。喧嘩やトラブルが多い。物やごみが落ちている。物が隠される、なくなる

    これってどれも発達障害の症例ばかりでしょ?しつけや担任の指導力のせいばかりではないはずです。

     私が初めて1年生を担任したのが1997年(39歳)。教務主任、体育主任、代表委員会、応援団、・・・一人で何役も担当し、マルチでした。そして、単級37人でスタートしたのですが、転校生がどんどん入ってきて42人。当時は、補助員なんて制度はありませんから、全部一人でやらなければなりませんでした。

    その中に一人K君がいたのです。今思えば、初めて発達障害の子どもとの出会いです。「先生、K君まだ砂場で遊んでいます。」「先生、K君が私の服に鼻水つけてきました。」給食の食缶に唾を入れたり、ほうきを振り回したり、毎日苦情が絶えたことがありませんでした。

   当時はまだ、発達障害なんてよく知られていませんでしたから、初めて、指導力の壁を痛感していると、椎間板ヘルニアになってしまいました。2カ月以上の入院が必要と言うことなので、手術を拒否しました

    足の痛みはどんどん増していき、いろんな病院で治療を試すのですが、あまり良くならず、笑顔になれないことに悩み、あの時初めて3月で退職を考えました。

   さらにいろんな大変なことが重なり、人生最初のピンチを迎えます。台風ではないですが、そのうち暴風も収まります。足の痛みも消えていきました。

   翌春、過員で隣の学校に異動しました。2年生になると2クラスになり、補助員制度も始まります。これも小1プロブレムの話題の効果でしょうか。

    36年間の中で、忘れられない1年間の一つです。その子たちの中で2人と年賀状でずっとつながり、関西で職場を訪ねたり、お茶したり、品川で飲んだりしています。