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No95   学年主任  

今日は、台風が心配な中、箱根に来ています。大学のサークルの合宿です。昨年からはじめて、今年で2回目です。9人集まります。もちろん私たちが幹事です。

  読売新聞の教育ルネサンスは、今「学年主任」をテーマにしています。

  皆さんの中にも学年主任の方が大勢いると思います。新聞記事を読んでいかがでしたか?六分の一校長、200円の日額手当と言う言葉が印象に残りました。

  私は、30歳の時に、初めて学年主任になりました。H先生とその後、3年間組むわけです。学校を変えていくには、このくらいの思い切った人事が必要なのです。それを許した校長先生は、もう亡くなられてしまいましたが、父親のように慕っていました。

  やりたいことが思いつくと、H先生は必ずついてきてくれました。当時、区の水泳、陸上記録会があり、選手しか参加できませんでした。ふつうは選手だけの特訓をするのですが、やるなら全員に特訓をさせ、100メート皆泳を目指し、ほとんどの子が達成できました。陸上も選手全員を入賞させ、出場できない子は、団体種目に出るのですが、ならそれも1位になると鍛え、卒業アルバムには、全員賞状を持って撮影した写真が載っています。

  日光林間学校も3つのコースを選択するのですが、どうせいくならと思い、3つのコースを歩いてしまいました。

   卒業式も門出の言葉は、たった一言なら自分の言葉で語らせたいと思い、台本を作り、涙の卒業式になりました。

   よく運動もしました。バドミントン3連覇、ソフトボール2連覇、バレーボール、テニス。

   よく飲みました。そのあと、自転車ですっ飛ばして、子どもを迎えに行きました。

  今でも、毎月1回当時の教頭先生と3人で飲んでます。時には、夫婦同伴で6人で会うこともあります。

  学年主任の先生よ。昨日の山本五十六ではないですが、任すところは任せて、和を重んじてはいかがかな?