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No67   白鳥由栄(よしえ)って知ってますか?  

昨日は、ラビスタ釧路川に泊まり、今日はラビスタ阿寒川に来ました。昨年は、ラビスタ函館、大雪山。これで北海道全てのラビスタを行ったことになります。摩周湖は、霧もなく、とても綺麗でした。湖はどこも同じなのですが、人の手が入っていない湖は美しいですね。

  さて、今日は、網走監獄をきっかけに白鳥由栄を紹介します。実はこの人は、「昭和の脱獄王」という異名で知られた人です。当時の看守の間で「一世を風靡した男」と評され、26年間もの服役中に4回の脱獄を決行しました。

    伝説は、1日に120kmもの距離を走りました。手錠の鎖を引きちぎりました。地中深く突き立てられた煙突の支柱を素手で引き抜きました。米俵を両手に持って手を水平にすることができました。身体の関節を簡単に外すことができ、頭が入るスペースさえあれば、全身の関節を脱臼させて、容易に抜け出したそうです。

   1回目は、針金で手製の合鍵を作り、開錠して脱獄。

   2回目は、ブリキ板に釘で加工した手製の金工鋸で鉄格子を切断し、脱獄。

    3回目は、味噌汁で手錠と視察孔を錆びさせ外し、関節を脱臼させ、監視口をくぐり抜けて脱獄。

    4回目は、床下からトンネルを掘り脱獄。隠し持った金属片でノコギリを作り、床板を切断。食器で穴を掘って逃走。

   翌年、府中刑務所に送られてから、白鳥は脱獄をやめました。それは、看守が「札付き」のような扱いをしなかったので、模範囚になったそうです。

    その後、昭和36年に仮釈放され、建設現場の作業員として真面目に働きました。

   亡くなったのは昭和54年。71歳。亡骸は白鳥が子どものころ世話になったと名乗り出てくれた女性の世話で、富士山を望む墓所に丁寧に埋葬されたということです。