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 No50 終戦記念日に想う  

遅くなりました。横浜で飲んでました。記念すべき50号です。3度のご飯と同じ習慣になりました。先日教え子から「暑中見舞い」が届きました。「修養日誌は毎日続けています。今日で467日目です。500日になったらまたお手紙を送りたいです。1000日以上書きたいです。」と書いてありました。「先生もブログを始めました。もうすぐ50号です。あなたに負けないようにがんばります。」と返事に書き加えました。

 昨日のクイズはいかがでしたか?我が家では、息子も参戦して盛り上がりました。ちなみにソフトボールは何でしょう?

     さて、今日は終戦記念日なので、先日の記事からです。

日米開戦の前夜、昭和天皇への報告を終えた東条英機首相の発言や様子を記したメモが見つかりました。

     開戦の手順を報告する東条に、昭和天皇が「うむうむ」と応じ、動揺を見せなかったことから、東条は「全く安心している。このような状態であるから、既に勝ったと言うことができる」と述べたという内容で、東条の発言を書き留めた湯沢三千男内務次官(昭和38年死去)のメモを遺族が保管していました。

      神田神保町の古書店主、幡野さんという方が、8年前に、湯沢の娘婿の遺品を整理中に発見し、解読を進め、わかりました。

 今回この前夜の様子が明らかになるのは初めてで、東条が「重荷を下ろしたような様子だった」「微薫を帯び(酒に酔っており)」「陛下に褒められてもいいだろうと語った」と、賛意を得た満足感や緊張から解放された様子が記されています。

 さらにメモによると、東条は12月7日夜、首相官邸に呼び出した湯沢に「戦争開始と国民の処置を決定した」と通告。「陛下の命令を受け一糸乱れることのない軍紀の下、行動できるのは感激に堪えない」と発言します。

 昭和天皇については「いったん決めた後は悠々として動揺もない」「(報告には)うむうむとおっしゃられ、いつもと変わらなかった」「対英米交渉に未練があれば、暗い影が生じるだろうが、そんなことはなかった」と述べたと書いてあります。

 メモに添えられていた別紙には、開戦当日のスケジュールの他、外国の大使の扱いを丁寧にすることや、当時非合法だった共産党への処置も中立国のソ連を刺激しないようにとの指示が書かれていたそうです。

 映画の1シーンを観るようではありませんか。(ソフトボールは塁球でした。)