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No31 やまゆり事件から障害を考える4

大阪の京橋に来ています。ラスールというホテルで小説家気分で書いて(打って)ます。

    昨日は、2年前の事件の日だったのでどの新聞も取り上げていて、読めば読むほど重たい気分になりました。今日で最終日にします。

    3人目の登場です。私立の保健体育の教師になった男性の記事でした。青森山田高校で甲子園にも出場し、現在野球部長もしています。      2歳年上のお兄さんを小さいころから、ご飯を食べさせ、おむつを替え、家族でお風呂に入れていたそうです。

 幼なじみも小学生になるとお兄さんを見て、「これ、何?」とでも言いたそうだったのを見た時、初めて障害がある兄を人に見られたくないと思ったそうです。

 教師になり、たまに実家に帰るとお兄さんは、動かせる左手で髪をうれしそうにつかんでくれるそうです。

 「兄は、置かれている状況で最大限に生きている。兄の笑顔を見ると私は幸せになる。生きていて意味がない人はいないんじゃないかなと思う。」と答えています。

 いかがでしたか?すべてがこんな美談では語れない逆のケースも数多くあると思います。しかし、この3人に共通することは、どの人も悩み、苦しんだ経験があり、大人になって、優生思想を覆せる信念を持つことができています。きょうだいをより愛おしく思えています。   受け入れる器が大きくなったから、より魅力的になったのだと思います。

 「みんなちがって、みんないい」はずなのに。それが分かる集団に、それができる集団に育てていきたいですね。