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No30  やまゆり事件から障害を考える3

30号になりました。全員の子どもに毎日書かせた修養日誌を思い出します。節目、節目に筆でコメントを書きました。今日は自分でプチ達成感を味わっています。おかげさまで、たまにしか見つからなかった教育ネタが最近よく見つかるようになりました。

    さて、昨日のブログの中で、養護学校の先生と書きました。新聞の記事にも書かれていたのですが、今は、特別支援学校ですよね。6月のがるべるでそう変わった話をしておきながら無意識に使ってしまいました。まだまだ未熟ですね。

    今日は、2人目の登場です。弁護士をしている女性の方です。3歳下に耳が聞こえない弟がいます。

 小学生の時、弟に障害があることを知る友達から「不幸がうつる」とからかわれたそうです。弟の障害はお母さんの責任ともとれる言葉をお母さんに向ける大人たちも目にしたそうです。

 きょうだいに障害者がいると結婚できないかもしれない。結婚できたとしても障害のある子を産んだら、母と同じような差別を受けるのではないかという恐れが消えなかったそうです。そして、命に優劣をつけ、障害者は生まれない方がいいとする優生思想を仕方がないと感じていたそうです。

 大学を卒業し、弁護士になり、32歳で結婚。最近自分が変わってきたと思えるのは、旧優生保護法の裁判に加わり、原告や家族の信念を貫く姿を見て、勇気をもらったそうです。

 今は、介護の研修を受け、仕事が休みの日に、重い知的障害、身体障害の女性の家に通おうとしています。それは、「障害者は不幸を作ることしかできない」という被告の考えに反論する説得力のある言葉をこの女性に寄り添って見つけたいからだそうです。

 皆さん、優生思想をどう思いますか。「この子がいなかったら、もっといいクラスになるのに」と考えたことありますか?これも優生思想でしょうか?私は、この問いに言葉が出ませんでした。