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No23 芥川龍之介の道徳  

先日、読みかけで終わっていた北野武の「新しい道徳」を再び読みました。特に感銘を受けることはなかったのですが、へそ曲がりな私は、こういうひねくれた発想に共感するところがあります。

   この本を開くといきなり芥川龍之介の「侏儒の言葉」の一説が載っているので紹介します。 

 

道徳は便宜の異名である。「左側通行」と似たものである。

 

道徳の与えたる恩恵は時間と労力との節約である。

道徳の与えたる損害は完全なる良心の麻痺である。

 

みだりに道徳に反するものは経済の念に乏しいものである。

みだりに道徳に屈するものは臆病者か怠けものである。

 

強者は道徳を蹂躙するであろう。弱者はまた道徳に愛撫されるだろう。道徳の迫害を受けるのは常に強弱の中間者である。

 

良心とは厳粛なる趣味である。

 

良心は道徳を造るかもしれぬ。しかし道徳はいまだかつて、良心の良の字も造ったことはない。

 

おまけ

「新しい道徳」から

 道徳の教科書には、やたらと老人とゴミが登場する。何かっていうと老人とゴミだ。

 年寄りは昔からずっと年寄りだったわけじゃない。何十年も働いて、税金を納めてきた人たちがいるから今の日本がある。

     電車に乗れるのだって、スマホでゲームができるのだって、つまり年寄りたちが働いてくれたおかげなのだ。

 「そうだ!」と思う人、今度子どもの前で語ってみて!